宇宙の真実

地球が丸いことをギリシャ人は知っていた?

地動説が生まれる以前、われわれの地球は平板で、世界の果ては滝になっていて、海水はどこか下の世界に落下していると考えられていた。

 

太陽も月も星たちも、どれもが地球の上を通りすぎては、下を潜って、また地球の上にあらわれると考えられていたのだ。

 

やがてこの考えは、コペルニクスやガリレオーガリレイによってまちがいだとされることになるのだが、この時点では、誰もがそれを信じていた。

 

しかし、コペルニクスの地動説があらわれる前に、ギリシア入は「地球」を発見していたのである。彼らは、平らな地球にさまざまな疑問をもちはじめた。

 

たとえば、遠くからくる船のマストが真っ先にみえること。そして月食。地球の影の中に月が入るという正しい考えをもっか彼らは、その影が丸いのだから、地球も丸いと結論したのだ。

 

ギリシアの天文学者エラトステネス(前275〜前194四)は、エジプトのシエネと、ほぼ同じ経度になるアレクサンドリアで春分の日にオベリスク(石造の方尖塔)の影の長さを測り、両地点の緯度の差を求め、両市の距離を測量して、これらの値から、地球の全周を計算している。

 

その結果、彼が出した数字は4万6250キロメートルで、実際よりたった15%大きいだけという驚くべき正確さだったのである。

 

ただし、地球が丸いことを認めたギリシア人も、天動説だけは否定していない。
プラトンの弟子であるエウドクソスは、地球を中心とする同心球状の天球に、月や太陽、惑星、恒星を配置して、観察結果にあわせようとしたし、アリストテレスも、月よりも下の世界と、それより上の世界を分け、月より下は直線運動、月より上は円運動をすると考えていたのである。

 

この考えを完成させたのがプトレマイオスで、アリストテレスープトレマイオスの天動説と呼ばれている。

 

確かにまちがいはあったが、ギリシア人が地球が丸いという事実を発見したからこそ、のちの地動説も生まれたといえるのではないだろうか。

 

ただ、子供の教育について読んでおきたい漫画を紹介するとなると、青葉児童相談所を舞台に描かれたちいさいひとを上げなければならない。大人と子供といった人間関係の宇宙の中で子供がなにを思い、どう生きているのかがよく分かるからだ。

コペルニクスの地動説はどうして生まれた?

天動説が当たり前だった時代に、地動説を唱えたとして有名なのがコペルニクスである「コペルニクス的転回」という言葉ができるほど驚くべきことだった。

 

なにしろ、コペルニクスの時代(1473〜1543)は、キリスト教万能の中世世界である。神が地球をつくり、神によく似た人間をつくって管理を任せたというキリスト教の教えに、地動説はあきらかに背くことになる。地球が主役でない宇宙論が成立すれば、キリスト教の権威がゆらいでしまうのである。

 

じつはコペルニクス以前にも地動説を唱えた人物はいた。ギリシア時代にアリスタルコスが地動説を唱えていたが、当時は、多くの人たちがいろいろな説を唱え、この地動説も、それらの種々雑多な意見とともに、ただの異説として証明されないまま残されただけだった。

 

コペルニクスは認めていないが、じつは、彼が地動説を生みだした基本には、このアリスタルコスの意見があったと考えてよさそうである。コペルニクスはギリシアの文献をよく研究していたからである。

 

とはいえ、コペルニクスが彼の説をたんに横取りしただけということにはならない。キリスト教によって社会の支配体制の中に組みこまれていた天動説を、動かそうとしたほどだから、彼は強い信念をもっていたにちがいないを発表したことだけでも、大きな意義がある。

 

この「コペルニクスの地動説」に賛成したのがイタリアのガリレオ・ガリレイで、彼がそのせいで宗教裁判にかけられ、自説を放棄させられたのは有名な話。

 

「それでも地球はまわっている」

 

この彼の言葉に、自分の説が認められない悔しさがあふれている。正しければなんでも認められるわけではないのは、どの時代もかわらないようである。